怖い話まとめBlog

怖い話まとめBlogでは、ネットに溢れている怖い話を一つにまとめました。

黒いキューピー人形

生後数ヶ月の赤ちゃんを1人で養う母親。
赤ちゃんが眠りについたので赤ちゃんを家において買い物に出かけた際に交通 事故で死んでしまった。
身元不明のため連絡が取れず無縁仏とされてしまい、赤ちゃんは部屋に1人取り残されてしまったが、
身寄りがいないため誰にも気づかれずそのままにされてしまった。

数週間後、家賃が滞納されているので大家さんが部屋を訪ねるが返事が無く、他の住人に聞いてみると、
ここ最近姿を見ないということなので、「こりゃ夜逃げされたな。」と考え合鍵を使って部屋に入ってみると部屋の中は締めきっていて薄暗い。
明かりをつけようとしたが、電気も止められているらしく明かりがつかず、薄暗い部屋の中を見まわしてみると、
部屋の中は、生活感そのままの感じで家具とかがのこっていて、部屋の真ん中にキューピー人形が置き去りにされていたのを、
「よほど慌てて逃げたんだな」と拾い上げると黒いキューピー人形はバラバラと崩れ去り、
無数のゴキブリが散り散りに逃げて行き、手の中に残ったのは赤ちゃんの骨であった。

臨時放送

5年くらい前、夜中の2時30分頃テレビをつけたらカラーバーが映っていて(あたりまえですが)
ああ、やっぱりこの時間は放送やってないな、寝ようとふと思ったその時急に画面が切り替わってゴミ処理場が映し出されました。


そしてテロップにNNN臨時放送と出てひたすら処理場を遠景で映し続けるのです。


なんなのだろうと思って様子をうかがっていると人の名前がスタッフロールのようにせり上がってきて
ナレーター?が抑揚のない声でそれを読み上げていきました。


バックには暗い感じのクラシックが流れだいたいそれが5分くらい続いたでしょうか、
最後に「明日の犠牲者はこの方々です、おやすみなさい。」と。
それ以来深夜放送が怖くてたまりません。
周りは誰もこの話を信じてくれないし…

牛の首(注意)

最近まで只の噂と思っていた怪談なのですが 、とある口伝でこのような話を仕入れてしまいました。 自分だけ聞いておくにはまことに惜しい話なのでお伝えいたします。
それは、『牛の首』でございます。

牛の首の怪談とは、この世の中で一番怖く、また有名な怪談であるが、あまりの怖 さ 故に、語った者、聞いた者には死が訪れる。よってその話がどんなものかは誰も知 ら ない、という話 。
私も長い間はこんなのは嘘だ出鱈目だ一人歩きした怪談話さと、鷹を括っていたんですが・・・ まあお聞きください。

明治初期、廃藩置県に伴って、全国の検地と人口調査が行われた。これは地価に基づく定額金納制度と、徴兵による常備軍を確立するためであった。
東北地方において、廃墟となった村を調査した役人は、大木の根本に埋められた大量の人骨と牛の頭らしき動物の骨を発見した。調査台帳には特記事項としてその数を記し、検地を終えると、そこから一番近い南村へと調査を移した。
その南村での調査を終え、村はずれにある宿に泊まった役人は、この村に来る前に出くわした、不可解な骨のことを夕食の席で、宿の主人に尋ねた。
宿の主人は、関係あるかどうかは分からないが・・・と前置きをして次の話を語っ た。

以下はその言葉を書き取ったものであります。

天保3年より数年にわたり大飢饉が襲った。俗に言われる天保の大飢饉である。
当時の農書によると「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い、行き倒れとなった死体を野犬や鳥が食いちぎる。親子兄弟においては、情けもなく、食物を奪い合い、畜生道 にも劣る」といった悲惨な状況であった。

天保4年の晩秋、夜も更けた頃、この南村に異形の者が迷い込んできた。
ふらふらとさまよい歩くその躰は人であるが、頭部はまさしく牛のそれであった。
数人の村人がつかまえようとしたその時、松明を手にした隣村のものが十数人現れ、鬼気迫る形相にて、

「牛追いの祭りじゃ、他言は無用」

と口々に叫びながら、その異形の者を捕らえ、闇に消えていった。
翌日には村中でその話がひそひそと広がったが、誰も隣村まで確認しにいく者はいなかった。また、その日食うものもない飢饉の有様では、実際にそれどころではなかた。

翌年には、秋田藩より徳政令が出され、年貢の軽減が行われた。
その折に隣村まで行った者の話によると、すでにその村に人や家畜の気配はなかったとのことだった。それ以後、「牛の村」とその村は呼ばれたが、近づく者もおらず、今は久しく、その名を呼ぶ者もいない。

重苦しい雰囲気の中で宿の主人は話し終え、そそくさと後片づけのために席を立った。
役人はその場での解釈は避け、役所に戻り、調査台帳をまとめ終えた頃、懇意にしていた職場の先輩に意見を求めた。
先輩は天保年間の村民台帳を調べながら考えを述べた。

大飢饉の時には、餓死した者を家族が食した例は聞いたことがある。
しかし、その大木のあった村では、遺骸だけではなく、弱った者から食らったのであろう。
そして生き人を食らう罪悪感を少しでも減らすため、牛追いの祭りと称し、牛の頭皮をかぶせた者を狩ったのではなかろうか。
おまえの見た人骨の数を考えるとほぼその村全員に相当する。
牛骨も家畜の数と一致する。
飢饉の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。
村民はもちろん親兄弟も、凄まじき修羅と化し、その様はもはや人の営みとは呼べぬものであったろう。
このことは誰にも語らず、その村の記録は破棄し、廃村として届けよ。

また南村に咎を求めることもできまい。
人が食い合う悲惨さは繰り返されてはならないが、この事が話されるのもはばかりあることであろう。
この言葉を深く胸に受け止めた役人は、それ以後、誰にもこの話は語らず、心の奥底にしまい込んだ。

日露戦争が激化する頃、病の床についたこの男は、戦乱の世を憂い、枕元に孫たちを呼び寄せ、切々とこの話を語ったという。
この孫の中の一人が、自分である。
当時は気づかなかったが、祖父が亡くなった後に分かったことがあった。
何の関係もないと思われた南村の者が、隣村の民全員を牛追いの祭りと称して狩り、食らったのが真実である。そうでなければ全員の骨を誰が埋められるものか・・・

それゆえ、牛の首の話は、繰り返されてはならない事だが、話されてもならない話であり、呪いの言葉が付くようになった。
誰の口にも上らず、内容も分からぬはずであるが、多くの人々が「牛の首」の話を知っている。物事の本質をついた話は、それ自体に魂が宿り、広く人の間に広まっていくものである

小さな手

 学校につきものの怪談ですが、表に出ない怪談もあるのです。わたしが転勤した学校での話です。美術を教えているわたしは、作家活動として自ら油絵も描いていました。住まいは1LDKの借家のため、家で大きな作品を描くことができず、放課後、いつも学校の美術室に残って作品を描いていました。今度の転勤先でも同じように、美術室の一角で制作を続けていました。

 ところが、妙なことに気づきました。作品の表面に小さい子供の手の跡が付いているのです。油絵というのは乾きが非常に遅く、完全に乾くのに1週間かかることもあります。わたしが知らないうちに誰かが触ったのかと、あまり気にもせず制作を続けました。手の跡も絵の具で上から塗り重ね、消してしまいました。しかし次の日も、子供の手が跡が付いていました。1個どころではなく、作品の表面全体にびっしり付いていたのです。100号という大きさの油絵ですので、単なるいたずらではないなと感じました。その日は作品全体の手の跡を消しながら描いているうちに、作品の山場にさしかかり、9時,10時,11時と、いつしか夜中になってしまっていました。わたしの筆の音しか聞こえないはずの美術室に、いつごろからか、猫の鳴き声とも赤ん坊の声とも言えない泣き声が聞こえるようになりました。窓を開けても猫の姿はなく、赤ん坊も当然いるわけもありません。気にせず制作を続けていると、どうやら美術室の中から聞こえるようなのです。泣き声のする方向を絞っていくと、美術室の後ろにある工芸用の電気釜の中のようです。電気釜は焼き物を作るときに使う、大きめのゴミ箱ぐらいの大きさのものでしたが、故障なのか長い間使った形跡はありません。フタを開けると、本当に生徒がゴミ箱がわりに使っているらしく、丸めた紙くずなどで内部が一杯です。転勤してきたわたしも片づける暇もなく、放置したままだったのです。

 わたしが恐る恐る電気釜に近づいていくと、泣き声がふと止みました。ひょっとして生徒が子猫を閉じこめたのかもしれない、そんないたずらをする生徒がいるなら作品についた手の跡も納得できる。

わたしはいたずらの正体を見破るべく、電気釜のフタを開け、紙くずを拾い出しました。美術室に響く紙の音は気持ちのいいものではありませんでした。手に取れるゴミは拾い出しましたが、猫など見あたりません。電気釜の底の方には乾いた砂が溜まっていました。わたしは砂に手を突っ込み、中を探りました。指先に手応えがあるので取り出してみると、それは骨でした。動物のもののような骨、わたしは恐くなり、それ以上手を突っ込むことはできず、美術室を飛び出しました。

 翌日校長にこの出来事を話したところ、「すべてこちらで対応するから他言しないように」と強く言われました。その後聞くところによると、わたしが転勤する前、不倫の末妊娠し退職した美術の女教師がいたということでした。その人は、現在消息不明だということです。

 あの小さな手の跡と赤ん坊の泣き声は、一体何だったのでしょうか?

踏み入れるべきではない場所

私がまだ小学校低学年の幼い子供だったころに、
趣味で怖い話を作っては家族や友達に聞かせていました。
「僕が考えた怖い話なんだけど、聞いてよ。」ときちんと前置きをしてからです。
特にじぃちゃんが私の話を喜んで聞いてくれました。
私はそれがとても嬉しかったんです。熱心に聞いてくれるのと同時に、こわがってくれたから。

そんな折、私の作った話がクラスの中で流行りだしました。
放課後の男子トイレで個室を叩くとノックが返ってくる。といったありがちな話です。
クラスの女子の間であっという間に流行り、噂は学年中、学校中へと広まりました。
「男子トイレの前で手招きする男の子を見た」とか言い出す女子も出てきていて
私がやっとその噂を知って「僕の作り話だってば」と言ってもきかず、
その後もまことしやかに囁かれ続けました。
ついにはそこで肝試しを始めるグループまで現れてしまいました。その肝試しでしたが、なにも起きるわけがないのに、
グループの子供が皆「ノックの音が返ってきた」と言うんです。大変な騒ぎでした。
そんなワケないだろ!?と思って作り話だということをアピールしようとしたのですが
当時の私は皆に冷たくされるのが怖くて言い出せませんでした。
しかし、そのうち私は自分の話が本当になってしまったのではないかと思うようになり、
すごく恐くなって自作の怖い話をすることをやめました。

その騒動があってからしばらくして
じぃちゃんが、怖い話をしなくなった私に「もう怖い話しないのかい」と聞いてきました。
私はもう泣きじゃくりながらその話をじぃちゃんにしたんです。
ほうかほうか、とやさしく聞きながら、こんなことを話してくれました。それはな、みんなが坊の話を本当に怖いと思ったんだ。
 坊の話をきっかけにして、みんなが勝手に怖いものを創っちゃったんだよ。
 怖い話を作って楽しむのはいいけど、それが広まってよりおそろしく加工されたり、
 より危険なお話を創られてしまうようになると、
 いつの日か「それ」を知ったワシらの目には見えない存在が、
 「それ」の姿に化けて本当に現れてしまうようになるのかもな。
 あるいは目に見えるものではなく、心のなかにね。  

 「おそれ」はヒトも獣も変わらず持つもの。
 「おそれ」は見えないものも見えるようにしてしまう。本能だからね。
 だから、恥ずかしくないから、怖いものは強がらずにちゃんと怖がりなさい。
 そして決して近寄らないようにしなさい。そうすれば、本当に酷い目にあうことはないよ。

私は、じぃちゃんも何かそんな体験をしたのかと思って
「じぃちゃんも怖い思いをしたの?」と聞きました。
すると、予期しなかったじぃちゃんのこわい話が始まったのです。昔、じぃちゃんは坊の知らないすごく遠くのお山の中の村に住んでいたんだよ。
 そこで、じぃちゃんの友達と一緒に、お山に肝試しに行ったことがあるんだ。
 そうだね、じぃちゃんが今でいう高校生ぐらいのころかな。
 お地蔵さんがいっぱい並んでいたけど、友達もいるし全然怖くなかった。
 でも、帰り道にじぃちゃんの友達が、お地蔵さんを端から全部倒し始めたんだ。
 「全然怖くない、つまらない」って言ってね。
 じぃちゃんはそこで始めてその場所に居るのが怖くなったよ。なんだかお地蔵さんに睨まれた気がしてね。
 友達を置いてさっさと逃げてきちゃったんだよ。
 そうしたらその友達はどうしたと思う?

死んじゃったの?

 ううん、それが何も起こらないで普通に帰ってきたんだよ。
 でもじぃちゃんはもうそれからオバケが怖くなって、友達と肝試しに行くのを一切やめたんだ。
 その友達はその後も何度も何度も肝試しといってはありがたい神社に忍び込んだり
 お墓をうろうろしたりお地蔵さんにイタズラしたり色々するようになってね。
 周りの人からは呆れられて相手にされなくなっていったよ。 
 人の気をひくために「天狗を見た」なんていうようになってしまった。
 じぃちゃんに「見てろ、噂を広めてやる」なんて言って、笑っていたよ。そして、ある日ふっと居なくなったんだ。
 じぃちゃんもみんなと色々と探したんだよ。
 そしたら…
 山の中の高い木のふもとで、友達は死んでた。
 木の幹には足掛けに削った後がてんてんと付いていてね。
 友達は自分で木に上って、足を滑らせて落ちたんだ。ばかなやつだよ。
 
 坊、世の中には人が入ってはいけない場所っていうのがあるんだ。
 それは怖い場所だ。
 坊だったらタンスの上もその場所だよ。
 落ちるのは怖いだろ。そういうことだよ。
 じぃちゃんの友達には、怖い場所が見分けられなかったんだ。

怖いね。ばちがあたったのかな。

 いいや、怖いのはここからさ。
 友達が死んでから、村の中のひとたちが次々に「天狗を見た」って言い出したんだ。
 じぃちゃんは「あれは友達のでまかせだ」と言ったんだけどね。
 友達が天狗の怒りに触れた、祟りだ、呪いだ、と皆は自分達でどんどん不安をあおっていった。
 夜通しで見張りの火まで焚いたんだ。
 皆が顔をあわせるたびに天狗の話をするので、村の中がじめじめしていた。そんな時に限って具合が悪くてね、村の中でケガをするのが4件続いたんだよ。
 どうってこともないねんざまで数に数えられてね。どう見てもあれは皆おかしくなってた。
 さらに噂に尾ひれがついて、「天狗に生贄を出さなくては皆殺される」とまで酷い話になっていた。
 
 そしてついに、本当に生贄を出そうという話をするようになったんだ。
 友達が死んだのは木から足を滑らせて落ちたからなのに、完全に天狗のせいになってた。
 村の中の皆も、人が入ってはいけないところに踏み入ろうとしていた。
 それはね、人の命だよ。 誰にもそれを奪う権利なんてないだろうに。
 じぃちゃんはね、天狗よりも村の中の皆がすごく怖かったんだよ。
 
 だからね、じぃちゃんは、その村から逃げてきたんだ…じぃちゃんのこの話は、その後もねだって2度程聞かせてもらいましたが
「絶対に内緒だぞ」と言われ、両親の居るところでは決して話しませんでした。
でも、今でも私の家には父方の実家はありません。
農家の次男のじぃちゃんが、庄屋の娘のばぁちゃんと駆け落ちしてきたからだよと、
私の両親からはそう聞いています。

じぃちゃんが私に自作の怖い話を聞かせてくれたのかとも思いましたが、多分違います。
その長い話が終わった時、
じぃちゃんは大粒の涙をぼとぼと、私の小さな手の甲に落としたのですから。
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